執筆者 石川彰貴
ボイストレーニングの練習の中で、唇をプルプルと震わせる「リップロール」は特に有名です。
しかし
「なぜリップロールをやるのか」
「どういった効果があるのか」
という部分に関してはあまり知られておらず
「なんとなく良いって聞いたから」という曖昧な理由でこの練習をしている人が多いのが現状です。
リップロールの効果を知れば
「どういう時にやれば良いのか」
「どうやれば良いのか」が
自ずと明確になり、何も知らないままやるよりも練習効率を大幅にあげることができます。
今回はリップロールの効果を詳しく解説した上で、正しいやり方とどんな悩みに効果的なのかを明らかにしていきます。
それではいってみましょう!
リップロールの効果
実はリップロールを行うことによって得られる効果は1つしかありません。インターネットや書籍などで語られているリップロールの効能は、このたった1つの効果の副産物に過ぎません。
リップロールのたった1つの効果とは
「声帯の上下の空気圧のバランスが最適な状態になる」
ことです。
下の図をご覧ください。
絵が下手で申し訳ないのですが(汗)
我々の声を作っている「声帯」は喉仏の中に入っているので、位置的には図のような形になります。
肺から声帯までの空気圧のことを「声帯下圧」
声帯から口までの空気圧のことを「声帯上圧」
と呼びます。
リップロールには、この声門下圧と声門上圧のバランスを最適な状態に保つ効果があるのです。
なぜ声門下圧と声門上圧のバランスを最適な状態に保つ必要があるのか
それでは、声門下圧と声門上圧のバランスを最適な状態に保つことが歌において何の役に立つのかを解説していきます。1番大きなメリットは「喉締めの改善」です。
喉締めというのは「体が120%の力を使って声帯を閉じようとしてくれている状態」のことを指します。
能力の限界を超えたことをしようとしているのですから、そりゃあ苦しいですよね。
声帯本来の閉鎖力だけでは到底閉鎖仕切れない「事情」があると、喉締めが発生します。
その事情というのが「声門下圧の増加」です。
声門下圧が増加すると声帯は
「下の方(肺の方)からすごい空気圧が来るから、吹き飛ばないように頑張って閉鎖を維持しよう!」
という状態に自然となってしまいます。
この「頑張り」が喉締めの状態を引き起こしているわけです。
例えば高い声を出す時などは、声帯を伸ばして薄っぺらくすることで声帯の振動回数を上げてあげるのが本来の正しい動作です。
しかし、声帯を伸ばす筋力が不十分だと声門下圧を増やすことで無理やり声帯の振動回数を稼ごうとしてしまいます。
だから高音では喉締めが起こりやすいのです。
他にも「迫力を出すために過剰に大きなボリュームで歌おうとする」などの行為も喉締めを引き起こします。
全て声門下圧の増加が原因なのです。
(喉締めのメカニズムは
【ミックスボイスが気持ち悪い声になってしまう原因は筋力不足】鍛えるべき筋肉とトレーニング方法
↑こちらでも詳しく説明しておりますのでご参照ください)
一方で
声門下圧と同時に声門上圧も最適なバランスで存在していたらどうなるでしょうか?
声帯の気持ちになって考えると
「下からすごい空気圧が来るけど、上からも空気圧を感じるから、吹き飛ばずに済みそうだな! 良かった〜(リラックス〜)」
こんな状態になると考えられます。
声門上圧があると、声帯は肺からの空気圧に吹き飛ばされる心配がなくなり、過緊張せずに済むようになります。
過緊張から解放された声帯は自由に伸びることができるので、幅広い音域を楽に歌うことができるうようになるのです。
「歌っていて苦しい」「喉が締まる感じがする」というのは歌において最もポピュラーな問題なので、それを改善する可能性があるリップロールは非常に有効な練習だということがお分かりいただけたでしょうか。
それでは、なぜリップロールが声門下圧と声門上圧のバランスを最適な状態に保つ効果があるのかについても解説していきます。
なぜリップロールが声門下圧と声門上圧のバランスを最適な状態に保ってくれるのか
これには2つの理由があります。①バランスが悪いとそもそも唇が震えないから
リップロールには大まかに・息だけで唇を震わせる方法
・地声を出しながら唇を震わせる方法
・裏声を出しながら唇を震わせる方法
この3つの方法が存在するので、地声を出しながら唇を震わせた場合を想定して説明していきます。
地声とは、声帯が分厚い状態で発せられる声のことを指すので、地声で音程を上げる時は同時に声門下圧を上げてあげないと、音程がうまく上げられません。
そのため、地声で音程を上げていくとだんだん声門下圧の割合が強くなっていきます。
リップロールは声門下圧と声門上圧が「最適な」状態でないとうまく唇が震えないので、下圧が強くなりすぎると唇がうまく震えなくなってしまうのです。
このように、リップロールは声門下圧と声門上圧のバランスが崩れたことをわかりやすく提示してくれます。
②声門上圧が作りやすいから
リップロールは口を閉じた状態で行うので、普通に声を出す時よりも空気の出口が大幅に制限されます。制限されたところに唇を震わせられるレベルの決して弱くはない空気圧を当てていくわけですから、当然排出し切れない空気が出てきます。
この排出し切れなかった空気が声門上圧を作り出すのです。
ハミングやタングトリル、タピオカストロートレーニングなども同じような効果が期待できます。
このように空気の出口を制限して声門上圧を作るトレーニングを「セミオクルーディットトレーニング」と言い、普通に口を開けて発声する時に比べ遥かに声門上圧を作りやすいのがメリットです。
地声で音程を上げていった場合、何も工夫をしなければ自然と声門下圧が強くなって、声帯の閉鎖力が耐えきれなくなった時点で喉締めが始まるのは先程説明した通りです。
しかし、リップロールで声門上圧をうまく作れた場合、それが声門下圧に対抗してくれるので声帯を自由に伸ばすことができ、喉締めが起こらないまま音程を上げることができるようになります。
この状態こそが「声門下圧と声門上圧のバランスが最適な状態」であり、いわゆる「ミックスボイス」の状態です。
(ミックスボイスに関しては
【これがミックスボイスの全て】出し方から練習方法や真似するべき歌手まで完全網羅
↑こちらをご覧ください)
発声感覚が変わらないままリップロールで幅広い音域を出す練習をすることが、ミックスボイスを作り出すことにも繋がるのです。
各発声の空気圧バランス
ここまでの流れの中で地声とミックスボイス、それぞれの声門下圧・声門上圧のバランスがどうなっているのかということにも言及しましたが、裏声の場合のバランスはどのようになっているでしょうか。
これがわかれば、リップロールのやり方も自ずと明らかになっていきます。
裏声は声帯に隙間が空いている時の声です。
(詳しくは
【ミックスボイスが裏声っぽいのは裏声だからです】地声化する方法を声帯レベルで詳しく解説!
↑こちらをご覧ください)
隙間が空いていればそこから空気が抜けていくため、声門下圧をフルで受け止める必要がありません。
地声やミックスボイスは声帯を閉じて出す声なので、声門下圧をフルに受け止める必要があります。
だから声帯閉鎖が破綻しやすく、声門上圧が必要だったわけです。
裏声は地声に比べて声門上圧の必要性が少ないので、「声門上圧を作りやすい」というリップロールの魅力が最大限活かせないのです。
(裏声で喉が締まってしまう人には大変有効なので是非やってください)
声を出さない息だけのリップロールに関しては声帯が完全に開いて声が出ていないので、裏声以上に声門上圧の必要性がありません。
完全に一定量の息を吐くだけの練習になります。
リップロールのやり方
ここまでの流れからわかる通り、リップロールは地声を出しながら行うのが1番効果が高いです。音程を移動する際も、地声の体感を損なわないように意識してください。
まずA3くらいの楽に出せる音程で、地声を出しながら唇を震わせてみましょう。
そこから1音ずつロングトーンしながら、上がったり下がったりしてください。
音域は最低音〜G5くらいまで上がれればすごいです。
リップロールが止まってしまったり、下顎が硬くなってしまったら楽に出せる音程からやり直してください。
慣れてきたらロングトーンの中で唇の震えだけを解き、どのような発声になっているのか確認してみてください。
きっと普段とは違う声の出し方になっているはずです。
リップロールができない場合の原因と対処方法
それでは、リップロールがうまくできない場合はどうすれば良いでしょうか。インターネット上の記事では
・表情筋のリラックス
・適切な呼気量に調整する
などの改善策がよく挙げられていますが、他にも気をつけるべきポイントがあります。
①「タメ」が作れていない
リップロールは「最初から」適切な空気圧を当ててあげないと唇がうまく震えません。例えばリップロールができる適切な空気圧が100%中の60%くらいだと仮定すると、最初からいきなり60%を唇に当てていかないといけないということです。
よくある失敗パターンは、リップロールの出始めを様子見のような弱めの空気圧から初めてしまうパターンです。
開始から「いきなり」60%を当てていかなくてはなりません。
そのためにはしっかりと「タメ」を作る必要があります。
タメは簡単に体感することができます。
みなさん息を限界まで吸って、息を止めてみてください。
そうすると、肺から口にかけて強い空気圧を体の内側から感じると思います。
少しでも気を抜いたら口から「ボフッ」と空気が出てしまうのを、一生懸命堪えているイメージです。
これが「タメ」ている感覚です。
ちなみに、この「タメ」ている感覚がそのまま声門上圧の感覚なので、覚えておいてください。
高音のリップロールになればなるほど、この「タメ」ている感じが強くならないとうまく唇が震えません。
タメがしっかり作れれば、あとはちょうどいい力加減に調整して唇に当ててみてください。
リップロールは空気圧が強すぎても唇がうまく震えないので、タメていた空気を一気に放出してしまわないように注意しましょう。
②空気圧が途中で変化している
最初はうまく唇が震えても、途中からうまく震えなくなってしまうのもよくある失敗パターンの一つです。リップロールは適切な空気圧を唇に当て「続け」なければいけないので、ロングトーンの途中で空気圧が変わってしまうとリップロールは止まってしまいます。
息が出ようとする力(声門下圧)と出ないように堪える力(声門上圧)のバランスを最後まで維持しなければいけないので、横隔膜のコントールが非常に大切になります。
リップロールでは肺の空気が徐々に排出されていくので、横隔膜も徐々に上がっていかなければいけません。
いきなり横隔膜が上がり、息が排出されてしまってはダメなのです。
慣れない内は立ちながら、お腹にしっかり力が入る姿勢で行うのをオススメします。
リップロールの前に、限界まで空気を吸った後10秒かけて吐き切るなどの練習をしてみても効果的です。
とにかく「いきなり多くの空気が出てしまわないように堪える」という感覚に慣れていくようにしてみてください。
③そもそも声門下圧が弱い
リップロールをしたり、息がいきなり出ないように堪えたりするのは全て声門上圧の感覚を磨くことに繋がっています。声門上圧の感覚を重要視するのは、そもそも普段の生活の中で息が出ないように堪える動作をすることがほとんどないことに起因します。
つまりリップロールは声門下圧がしっかりとある前提の練習なのです。
普段から声を大きく出すのが苦手で、声門下圧を上げることが苦手の人はリップロールも苦手な傾向があります。
声門下圧はいわゆる「腹から声を出す」練習をすることで実感することができるので、やってみましょう。
まず立った状態で、みぞおちに軽く両手の指をめり込ませてみてください。
お腹をリラックスしてあげれば、指の第一関節くらいまではめり込むはずです。
その状態で、100mくらい遠くにいる人に向かって呼びかけるイメージで「おーい」と声を出します。
この練習は大きな音量が出るので、カラオケなどの気兼ねなく大きな声が出せる環境で行うのが非常に大切です。
音量をセーブしようとしたら声門下圧を実感することはできません。
「おーい」と声を出した時に、みぞおちにめり込ませた指が押し返されるのを確認してください。
押し返されない人は声門下圧がほとんど出せていません。
この練習でお腹から声が出る感覚のようなものが掴めたら、それをリップロールに活かしてみましょう。
だいぶ唇が震えやすくなっているはずです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。今まで曖昧に取り組んでいたリップロールに、明確な目的意識を持てるようになっていただけたら幸いです。
ご不明点やご相談などがあれば、お気軽に無料体験レッスンへお越しください。
無料体験レッスン
それでは!