今日は、「作詞」について書きたいと思います。
皆さんは「作詞」について、どんなイメージがありますか?
「難しそう」「文学的な才能がある人が書くもの」「想像力がないと書けない」etc…みたいなイメージお持ちではないでしょうか?
全然そんなことないよ!」というあなたは多分、既に一つ以上の歌詞を書いたことがありますね?今すぐこのブログを閉じて、コーヒーでも飲んでおいてください。笑
あくまで僕個人の答えは、
「作詞は誰でもできるよー」です。
では、「誰でもできるよー」と思っている僕と、「私には無理」と思っている人の違いはなんでしょうか?
あなたが歌いたいことを歌詞にしてOK
現在数えきれないくらいの歌詞が僕のノートとスマホには入っているんですが、僕の場合、音楽を始めた時から、歌詞を書くのをほとんどやめたことがありません。ほぼ毎日なにかしら書き留めてきたので、それが習慣になっています。ここで皆さん、「ほら!そういう変な癖のある人が作詞なんてものをやるんだ!だから私には無理!」と思いましたよね?違うんです、僕の話を聞いてください。笑
そもそもなぜ僕が最初から歌詞を書くことができたかというと、
「書くもの、思いつくものは全部歌詞になり得る」と思っていたからです。
極端なことを言えば、誰かに送ったラブレターも、宛先のないメールも、誰にも見せることのない遺書も、全部歌詞になるんです。
宛先がなくたって、自分のことについて書いたものが歌詞になるし、
適当に並べた数字すら歌詞にしようと思えばできます。
歌詞が楽曲になるとき、そこにはより立体的な「構造」が生まれ、「物語」が立ち上がることがあります。
必ずわかりやすい物語になるわけではないですが、その世界の秩序は「唯一自分が決めていい」んです。
つまり、
「あなたが歌いたいことを歌詞にしてOK」ということです。
現代はあまりにも簡単に名曲(と言われているもの)が聴けるし、人並外れた才能(のように見える)人たちの楽曲がすぐ鑑賞できますよね。
それって本当に素晴らしいことなんだけど、音楽を始める人にとって無駄に高すぎるハードルに見えてしまうことがあるんですよね。
(「とにかく売れたい!売れるものこそ至高! だから売れる歌詞の書き方を教えてくれ!」という方もいると思うんですが、そのような方は、死ぬほど売れている曲の歌詞の分析をして、本も漫画も死ぬほど読み、解釈を書き出し、構造を分解して、換骨奪胎して、たくさんの知り合いを作ってそれを読ませまくってください。僕がお伝えしたいのは、純文学的歌詞の入り口であって、エンタメ的な歌詞の入り口ではありません。 今回はそのような方に向けては書いていません。)
どんな歌詞を書いても基本的には怒られない
人に言えないこと、溜めている不満、隠している気持ち、感謝でも、お別れでも、なんでもいいです。それは「どんな」言えないことですか?
それは「どんな」お別れですか?
四六時中働いて帰ってきてぶっ倒れるように寝て、そこで見た夢を、そのまま歌にしてもいいです。
想像力というのは、才能ではなく、自分の心や周囲に目を向けた分だけ反応してくれるようにできています。
僕は自分の楽曲ではマイナスの感情ばかりを歌にしていますが、一度も怒られたことはありません。そうそう、歌詞って基本的には何書いても怒られないんですよ。
僕みたいなものがわざわざ言うのもアレですけど、大人になると本音が言える場所って減るじゃないですか。
その一つに歌を使っても、僕は別にいいと思うんですよね。正解とか、ないです。
もちろん文章としての美しさを整えるとか、歌にした時の母音と子音のバランスを整えて、「頭に入ってくる歌詞」にする、みたいなテクニックはたくさんあるんですが、そんなことは全然あとでいいです(レッスンでお伝えさせてください)。
そんなわけで、今回は「作詞について」でした!
また次回にー。
無料体験レッスンはこちら