ZIGZAGの熊本です。
楽器全般、DTM、作編曲などを担当させていただいています。音楽活動の方では主にバンドのドラマー、サポートドラマーとして動きつつ、全楽器の演奏からマスタリングまで一人で行うソロ活動もしています。
昔から「なんでもできる人」への憧れが強く、一つのパートに絞らず取り組んできました。 “”その道一筋○十年””の人と比べると一つのことに注ぎ込んだ時間は少なくなりますが、他のパート(プレイヤー、エンジニア問わず)の目線を常に持っていられることが自分の強みかなと思っています。
さて、最初のブログとなる今回は””学ぶことのリスク””についてのお話を。 教える側として自分が気をつけていること、そして生徒さんに忘れてほしくないことを書いていこうかと思います。 ※あくまで持論です。参考程度に。
学ぶことのリスク
例えば、一つの仮説をプレゼンできる程度の知識を身につけた段階で、自分はもう理解できたんだと自己完結してしまうケースを見かけたことがあります。
以前は合点がいくことすらなかったけど、知識を得たら早合点と自己完結の連続。 もちろんその答えが間違いではないかもしれませんが、他にも正解があるかもしれません。
成長するための学びが視野を狭くし、成長をストップさせることになってはもったいないですよね。
ここから具体的に音楽の話に移行します。
音楽理論や知識(古典作品、作者についての予備知識的なものなど)を頭に入れ、より深く理解することは音楽製作、音楽鑑賞に必要でしょうか。
逆に、無知な状態で直感的に感じる””音の良し悪し””こそ大切なのではないか。 と僕は考えます。
そもそも音楽の概念はヒト誕生前から存在していて、 雨風や虫や動物の声、山鳴り、海鳴り、などそれらが音として存在できる””地球””という条件下で鳴り続いていたはずです。
人が音を聴き、考える前に受ける感動や衝撃の根幹にこそ音楽の本質があるように思います。 そこに知識は必要ありません。
脳みそが””一つの正解””に囚われて純粋な感性が鈍らないように。
知らないことは素晴らしいこと
知らないということは恥ずかしいことなんかじゃありません。 先入観も無くより純粋でフラットな目線を持っているということです。
講師である僕はその””知らないこと””を大事にしたいと思います。 知識によって””知らないこと””を上書きしないように。 その知らないという純粋さを極力残せるように。
本人のどうなりたいかに寄り添いながら、視野を広げるお手伝い、上達のサポートをしていきたいと思います。
もちろん知識を得てこそ深く楽しめるものも多くあります。 ただ、頭を使わないことを忘れてほしくないんです。 頭が空の状態で自分の感性だけで創作をする楽しさ、鑑賞する楽しさを忘れてほしくないなと思います。
あなたらしさ
個性が大事。とよく聞くかもしれませんが、個性は教わることはできません。 あなたのあなたらしさはすでに持っているものですから。 それが何なのか、わからなくても大丈夫です。 僕たち講師が個性を見つけ、あなたらしさを光らせるためのサポートをします。
教わることは””たった一つの真実””では無く、””無限の可能性の中の一つの正解””として活用してください。 きっと成長できます。
最後に、このブログが視野を狭くする情報として機能しませんように!